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ストーリーの構成文化財

更新日:令和2年6月19日

ページID:P0026874

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(1) 八王子城跡

八王子城

国史跡

天正10~15年(1582~1587年)頃に、北条氏照(ほうじょううじてる)により築城された小田原北条氏最大の支城です。築城から10年経たずに落城したため、発掘された遺構・遺物の時代を特定できる点で極めて貴重な遺跡です。戦国末期の石垣をはじめとする山城の様相を遺し、御主殿跡や古道などが復元され、戦国時代の山城を体感することができます。麓には、「八王子城跡ガイダンス施設」があり、甲冑(かっちゅう)体験や北条(ほうじょう)氏と城の歴史を知ることができます。(日本100名城選定)


 ≫八王子城跡

(2) 八王子城跡御主殿出土品

八王子城御主殿出土品

未指定 有形文化財(考古資料)

出土した遺物は約7万点にのぼります。出土品からは戦国時代の生活や城での戦いの様相などをうかがうことができます。国内で他に例のないベネチア産のレースガラス器をはじめ数多くの舶来品も出土したことは、北条氏照が有力な戦国武将であったことの証でもあります。出土品は郷土資料館で展示しています。

(3) 八王子神社

八王子神社

未指定 有形文化財(建造物)

延喜16年(916年)、妙行(みょうこう)という僧が庵を立て、牛頭天王(ごずてんのう)と8人の王子を祀り、八王子権現と称したと伝えられています。北条氏照がこの地に城を築いた際に、守護神として八王子権現を祀りました。
山頂本丸付近の現在の社殿は江戸時代末期に建てられたものです。

(4) 滝山城跡

滝山城

国史跡

北条氏照が八王子城を築城する前に居城としていた城。永禄12年(1569年)、武田信玄の大軍勢による侵攻を少数の兵力で防ぎましたが、その後の西方からの進軍に備え、より守備堅固な山城・八王子城を築きました。空堀や土塁などの遺構が状態よく残り、スマートフォンアプリ「AR滝山城跡」により、城の歴史についてAR(拡張現実)を使って体感することができます。

≫滝山城跡


(5) 北条氏照および家臣墓

北条氏照および家臣墓

都旧跡

北条氏照百回忌を機に、氏照の家臣であった中山家範の子孫によって建てられた、氏照と家範らの供養塔が、周囲の50を超える石碑・石仏群とともに、竹林の中にひっそりと佇んでいます。

≫北条氏照および家臣墓


(6) 小仏関跡

小仏関跡

国史跡

北条氏照が武蔵国と相模国境の要衝として小仏峠に高尾山の木材を利用し関所を築いたのが小仏関(こぼとけのせき)のはじまりです。その後関所は峠の麓に移され、北条氏滅亡後は、徳川家康によって、甲州との国境として厳重に警固されました。旧甲州街道沿いには古民家が点在し、峠道は古道の面影を残しています。

≫ 小仏関跡


(7) 高尾山

高尾山

未指定 記念物(名勝地)

いにしえより修験道の霊山として崇められ、北条氏照は、竹木伐採を禁止するなど、高尾山を信仰するとともに守ってきました。
徳川幕府も引き続き保護したことなどにより、豊かな自然が残されています。
山麓には「高尾599ミュージアム」があり、高尾山の歴史や自然を学ぶことができます。また、薬王院の年中行事などでは、木遣(きやり)や獅子舞、八王子車人形、八王子芸妓など桑都(そうと)文化に触れることができます。

(8) 髙尾山薬王院文書(北条氏照発給文書)

薬王院文書

都有形古文書

薬王院には、中世の頃からの文書が多く残されています。北条氏照が発給した文書には、山内の竹木・下草の伐採を禁じた制札や境内での押買狼藉を禁じた制札、寺領の寄進状などがあり、氏照が高尾山を篤く保護したことがわかります。

(9) 髙尾山薬王院の文化財

薬王院

都有形建造物 都有形彫刻(一部)

薬王院は、天平16年(744年)行基菩薩(ぎょうきぼさつ)によって開山されたといわれ、薬王院飯縄権現堂(やくおういんいづなごんげんどう)をはじめ、境内の4つの建造物と2体の仏像が東京都の有形文化財に指定されています。境内には鳥居が建ち、神仏習合の名残を強くとどめています。

(10) 高尾山のスギ(都指定天然記念物・市指定天然記念物)

高尾山の杉

都天然記念物 市天然記念物

高尾山には樹齢700年といわれるスギの巨樹が存在し、スギ並木は参道の景観を一層引きたてています。
スギにまつわる様々な伝説も残されています。江戸時代末期に幕府の代官江川太郎左衛門が植えた人工林も残されています。

≫高尾山の飯盛(めしもり)スギ

≫高尾山のスギ並木

≫高尾たこスギ

(11) 御前立御本尊 飯縄大権現像

御前立御本尊

未指定 有形文化財(彫刻)

神仏習合の名残をとどめる薬王院には、本社と本堂に、それぞれ御本尊の「飯縄大権現」が奉祀されています。
飯縄大権現は、北条氏のみならず武田信玄や上杉謙信などの戦国武将からも厚く信仰されました。

(12) 髙尾山薬王院浄心門

髙尾山薬王院浄心門

未指定 有形文化財(建造物)

薬王院参道の入り口に建つ門は、仏教寺院でありながら神社の鳥居の形を成しています。
門には「霊気満山(れいきまんざん)」の扁額が掲げられ、ここから先が聖域であることを示しています。

(13) 養蚕守護札

養蚕守護札

未指定 民俗文化財(風俗慣習)

薬王院は、蚕を鼠から守る札を頒布し、養蚕農家からの信仰を集めました。
千人同心(せんにんどうしん)組頭の植田孟縉(うえだもうしん)が文政6年(1823年)に編さんした地誌『武蔵名勝図会(むさしめいしょうずえ)』にも「鼠口留秘符(ねずみくちどめひふ)」という護札に関する記述が残されています。

(14) 杉苗奉納石碑

杉苗奉納石碑

未指定 民俗文化財(民俗資料)

古来、人々が諸願成就の返礼として行ってきた杉苗奉納は、人と山とが持続的に関わり、山を大切にしてきた証であり、高尾山信仰の大きな特色です。山内のいたるところに石碑が建ち、参道の杉苗奉納板とともに薬王院の信仰圏の拡がりを物語っています。

(15) 火渡り祭

火渡り祭

未指定 民俗文化財(風俗慣習)

薬王院が執り行う大規模な護摩法要で、「護摩木(ごまぎ)」という木札を焚いてその上を素足で渡り、除災開運を願う行事です。
毎年3月に開催され、修験者に続いて、一般の人も火渡りを体験することができます。

(16) 水行道場

水行道場

未指定 民俗文化財(風俗慣習)

山岳信仰に由来する滝への崇拝と結びついたのが「滝行」です。蛇(じゃ)滝と琵琶(びわ)滝は、薬王院の水行道場として使われています。現在も、修験者による滝行が行われ、年間を通じ、一般の人も修行することができます。

(17) 高尾山のムササビ

高尾山のムササビ

未指定 記念物(動物)

江戸時代に編さんされた『武蔵名勝図会』には、高尾山のムササビが描かれており、昔から親しまれてきた高尾山を象徴する動物です。
観察会も開催され、日没後や日出前に薬王院周辺などで、巣穴から顔を出す様子や木々の間を滑空する姿を見ることができます。

(18) 桑都日記稿本

桑都日記稿本

都有形古文書

千人同心組頭の塩野適斎(しおのてきさい)が著した、天正10年(1582年)から文政7年(1824年)に至る千人同心の歴史を記述した書物で、当時の地形、気候、文化、産業の歴史などを知るうえで貴重な史料です。
八王子が桑都と呼ばれた由縁や、北条氏照が城下の景勝地の情景を詠んだと伝えられる「八王子八景」などが記述されています。



ー八王子八景ー
八王子城の秋月(八王子城跡(国史跡))
桑都の晴嵐(八王子郷)
高尾の翠靄(高尾山)  
山田の落雁(広園寺(都有形(建造物)
水崎の夜雨(龍泉寺)
浅川の帰釣(浅川)
十十里の暮雪(廿里(とどり)古戦場(市旧跡))
大戸の晩鐘(大戸観音堂) 

(19) 多摩織

多摩織

未指定 無形文化財(工芸技術)

八王子織物の起源は、滝山城下で取引された頃といわれ、400年以上の歴史の中で改良・工夫されてきました。八王子を中心とした地域で織られた伝統織物は、「多摩織」として、昭和55年(1980年)に国の伝統的工芸品に指定されました。
八王子繊維貿易館では、展示・販売や、手織り体験のイベントを行っています。

(20) 絹の道(浜街道)

絹の道

市史跡

安政6年(1859年)の横浜開港により、八王子に集められた輸出用の生糸は、浜街道を通り、横浜に運ばれました。欧米人が養蚕や絹産業の視察に八王子を訪れ、観光を目的に高尾山の登山も楽しみました。
往時の景観をよく残しているこの道は、後に「絹の道」と呼ばれ、「歴史の道百選(浜街道-鑓水峠越)」に選定されています。


≫絹の道

(21) 八木下要右衛門屋敷跡(絹の道資料館)

八木下要右衛門屋敷跡

未指定 史跡

絹の道のある鑓水(やりみず)の生糸商人は、生糸取引により財を築きました。その一人、八木下要右衛門は見事な石垣のある屋敷を築き、「石垣(いしがき)大尽(だいじん)」とも呼ばれました。
敷地内の書院は、別名「異人館」と呼ばれ、八王子に訪れた外国人をもてなす場所でした。現在は、屋敷跡に「絹の道資料館」が建てられ、絹の道や養蚕・製糸に関する資料が展示されています。

≫絹の道資料館

(22) 小泉家屋敷

小泉家屋敷

都有形民俗

絹の道近くに今も残る、かつて養蚕農家だった古民家です。現在の母屋は明治11年(1878年)に再建されたもので、茅葺き入母屋造りで、多摩地域に旧来からみられる典型的な民家建築の様式です。周辺の田園風景とともに、横浜港開港後に絹の道を通った欧米人が目にした景観が、今も残されています。

≫小泉家屋敷

(23) 八王子の獅子舞

八王子の獅子舞

市無形民俗郷土芸能

北条氏照から獅子頭を拝領して始まったと伝えられる「狭間の獅子舞」をはじめ、市内には9つの獅子舞があります。五穀豊穣や悪霊退散を祈願し、各地域の寺社の祭礼や髙尾山薬王院の春季大祭で舞が奉納されます。

≫郷土芸能

(24) 木遣

木遣

市無形民俗郷土芸能

八王子に伝承されている木遣は、江戸木遣の流れを汲み、元治元年(1864年)に江戸の木遣師が伝授したといわれています。保存会の八王子消防記念会は、天保年間に八王子の鳶職(とびしょく)が継承した髙尾山薬王院への講詣りを引き継ぎ、春季大祭で、木遣唄やはしご乗りを奉納しています。

≫郷土芸能

(25) 八王子車人形および説経浄瑠璃

八王子車人形

都無形芸能

八王子車人形は、江戸時代末に考案され、一人の人形遣いがロクロ車に腰かけて一体の人形を繰り演じるのが特徴です。養蚕や織物で発展した八王子の農村部の娯楽として人気を博し、機業家などが熱心に後援しました。
髙尾山薬王院の節分会追儺式(ついなしき)にも参加し、桑都の伝統芸能の魅力を伝えています。
中世から伝わる語り芸能の説経浄瑠璃は、江戸時代中期に三味線芸能として完成され、八王子では人形芝居などと一緒に興行されるようになりました。

≫八王子車人形

≫説経浄瑠璃

(26) 上の祭り・下の祭り(八王子まつり)

八王子まつり

未指定 無形民俗文化財(風俗慣習)

多賀神社の「上の祭り」と八幡八雲神社の「下の祭り」の宮神輿渡御と氏子町内による山車巡行は、江戸時代から継承されています。両神社による神事と町人文化、鳶職による木遣、江戸を流派とする祭囃子や芸妓文化が融合した今日の祭りの形態は、桑都と称され絹産業で繁栄したまちの歴史を物語っています。
現在では、両祭りを統合し「八王子まつり」として桑都の伝統文化を代表するものとなっており、往時のまつりの熱気を体感することができます。

(27) 上の祭り・下の祭りの神輿・山車

神輿

市有形工芸品(一部)

多賀神社と八幡八雲神社の祭礼における神輿渡御は江戸時代中期から継承されています。江戸時代後期には絹織物業による経済基盤を背景に両神社の氏子町内は競い合うように絢爛豪華な山車を建造しました。地元の宮大工の建築技術に江戸の山車人形を移入し、八王子独自の山車文化を築きました。
町民の山車建造の熱意は現在にも引き継がれ、「関東屈指の山車まつり」として広く知られるようになり、建造時代の変革とともに3つの型式による19台の八王子型山車の曳きまわしを見ることができます。

(28) 八王子芸妓

八王子芸妓

未指定 無形民俗文化財(芸能)

織物のまちとして繁栄した八王子には、花街が置かれ、全国から商人が織物を買い付けに訪れ、桑都の商人たちは料亭で客人をもてなしました。戦前には観光地としての高尾山ももてなしの場となりました。
薬王院の秋季大祭では、「舞扇供養(まいせんくよう)」が行われ、芸妓衆の薬王院への深い信仰を知ることができます。芸妓衆は、桑都の歴史を唄や踊りを通じて連綿と伝えています。八王子まつりをはじめ市内の様々な行事でも芸妓衆の舞踊を見ることができます。

(29) 桑都の銘酒

桑都の銘酒

未指定 民俗文化財(生活文化)

桑都の山々を源流とし、多くの河川と豊かな伏流水に恵まれ、北条氏照の家臣の子孫が200年以上前に酒造りを始めたと伝わるなど、八王子は古くから酒造りが盛んでした。
薬王院の御神酒(ごじんしゅ)でもある「高尾山」をはじめ、「桑乃都」「八王子城」「氏照」「高尾の天狗」など郷土ゆかりの銘柄が付けられた日本酒は、桑都の人々に愛され続けられています。

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