わたしたちのまち暮らし山暮らし

02

自然と生きる、
陣馬山麓の暮らし。

竹沢 むつみさん(革作家 / サリヒラフ)

自然豊かな陣馬山麓に、住居とアトリエを構えるレザークラフト作家の竹沢むつみさん。
周囲の自然と調和した暮らし、そして作品づくりについて、お話をうかがいました。

竹沢むつみさん

竹沢 むつみ (たけざわ むつみ)

竹沢 むつみ (たけざわ むつみ)

陣馬山麓、上恩方町在住。レザークラフトとアクセサリーを制作する作家。作品の屋号である「salikhlah(サリヒラフ)」は、モンゴル語で「風が吹く」という意味。

冬が終わると、小躍りする春が来る。

竹沢さんがお住まいになっているこのお宅は築何年ぐらいなんでしょうか。

築70年です。もともとは木こりをやっていた方が住んでいたらしいです。この家に暮らし始めて4年目になりますけど、冬は太陽が山の陰に入るのでほとんど日が当たりません。そのぶん春になったときの喜びが大きいです(笑)。

なぜ、この土地に暮らすことを決めたのかを教えてください。

この場所に出会ったのは10年ほど前のことでした。この地区で開催されている「陣馬山麓アトリエ展」というイベントがあって、今は私も出展者として参加しているんですけど、このイベントに初めて観覧で訪れたときに「ああ、いつかこんなところに住みたいな」と思ったんです。当時は20歳ぐらいだったので現実に移り住むことはなかったんですけど、数年後、新しく知り合った友達がここに住んでいて、その子が引っ越すことになって「住まない?」って声をかけてもらったんです。それがきっかけでした。
レザークラフトは皮に穴を開けるときにどうしてもカンカンと音が出てしまうので、都市部の住宅地だと作業しづらいんです。ここだと周りのお宅と離れているので作業の音も大丈夫ですし、自然が近い場所で制作したいという気持ちもあったので、ぴったりな環境でした。

写真01

都市部からは離れた場所ですが、不便に感じるところはありませんか。

大きく不便を感じたことはないです。スーパーが少し遠いぐらいでしょうか。車で10分ぐらいなんですけど、行くときは結構買いだめしますね。あとは動物の被害ですね(笑)。イノシシや猿が来るんですけど、イノシシが土を掘って穴だらけにしたり、猿が柿やイチジクを持っていったりするのが困ります。でも、姿を見ると少しうれしい気持ちにもなります。「あ、イノシシだ!」と(笑)。
冬はやはり寒いです。ただ、そんな冬の厳しさがあるからこそ、春がよりいっそう素晴らしいものに感じられます。「あ、今日から春だ!」ってはっきりと分かるんです。この家の周辺は杉の木が茂っていて、冬は木の隙間から太陽がちょっと顔を出す程度なんですけど、春になると太陽が杉の木を越えて照るようになります。そうなると草木の匂いも変わるし、風の吹き方も変わる。それから、食べられるものが山にたくさん生えてくるので、春は楽しみで仕方がありません。例えば、タラノメ、コゴミ、ノビル、フキノトウ、ギシギシ。私はコゴミがいちばん好きなので、発見したときは小躍りするほど喜びます(笑)。
季節が変わって、夏になると川で遊んだり、沢の水で流しそうめんを楽しんだり。秋になると栗拾いをしたり、友達を呼んでバーベキューをしたり。秋は紅葉も美しいです。山が色づいて、彩り豊かな景色が広がります。

写真02

写真03

都会では感じることのない音、光。

この陣馬山麓での暮らしには素敵なところがたくさんあるんですね。

はい。野草からお茶を作ったりもします。最近では、つくしの葉っぱ、スギナでお茶を作りました。普通のお茶よりもワイルドな風味が楽しめます。こういうお茶の作り方は、以前お隣に住んでいたネイチャークラフト作家の長野修平さんの本などから学びました。長野さんは本当にこの陣馬山麓での暮らしを楽しんでいて、私も長野さんに憧れて、こういう暮らしがしたいと思うようになったんです。
あとはアトリエで制作をしていると、山からいろんな音が聴こえてくるのも楽しいですね。このまえは鹿の「きぃーん」という鳴き声が聴こえました。

このお宅からアトリエに行く途中を流れる沢のせせらぎの音も印象的でした。
自然の音は、街なかに暮らしているとなかなか意識することがありませんね。

そうですね。あとは、ここに暮らしていると人がよく遊びに来てくれるのもうれしいです。特別な日でもないのに「ちょっと遊びに行っていい?」と友達が訪ねてきてくれたりするんですけど、みんな「なんだか、おばあちゃんの家みたい」って言うんです(笑)。癒されるというか、ゆったり落ち着く雰囲気があるみたいですね。よく「山の中の暮らしで寂しくないの?」って言われるんですけど、寂しいと思ったことはないです。夜は真っ暗になりますけど、そのぶん星がくっきり見えて、夜空がきれいです。

家の中に蟹が現れたという情報を聞いたのですが。

はい(笑)。うちの風呂桶には山の水を常に流している状態なんですけど、いつのまにか蟹が増えているんです。いわゆる沢蟹なんですけど、蟹にとっては出入り自由な環境なのか、今12匹います。お風呂に入るときはお湯で茹であがらないように、トングでつかんで大きめの桶に避難させてます(笑)。

写真04

写真05

ものづくりの輪が広がっていく場所。

お仕事であるレザークラフトについてお話を聞かせてください。

レザークラフトの作品はすべて手縫いで作っています。ミシンは使っていません。ここで暮らすようになって自然をモチーフにした作品が増えました。素材の皮はその都度その都度、いいと思った皮だけを集めてきますので、すべて一点ものの作品です。皮は主に牛皮、ヤギの皮、バッファローの皮を使っています。できあがるものは、用途によって財布、ポーチ、パスケースなどいろいろですが、「持ち主に長く寄り添って使ってもらえるものを作る」ことを心がけています。例えば、作品の中にはパスポートカバーもあるのですが、パスポートって時々しか使う機会がないので、普段はメモとして使えるようにカバーの中にはメモ帳を入れてあります。

さきほどお話にも出た「陣馬山麓アトリエ展」にも参加していて、期間中はご自身のアトリエを開放してらっしゃいますね。

現在では6軒のアトリエと共同で開催しています。焼き物、染物、レザークラフト、アクセサリー、そしてカフェ。それぞれのアトリエを開放して、それぞれが様々な作家さんを招いて展示を行うイベントです。普段は開いていないアトリエもあるんですけど、このイベントのときは一斉にオープンします。いろいろな方がお越しになりますね。会期が9日間あるんですけど、3日、4日と何度も訪れてくれる方もいます。私が観覧する側だったときも、この場所そのものが素敵なのでみんなに見てもらいたいという気持ちになって、3日間、それぞれ違う友達を連れて来たことがありました。今もそういう方が多いですね。

写真06

そこでまた新しい出会いが生まれたりもするわけですね。

そうですね。「自分も作家として参加してみたい」という方もいらっしゃいます。この周辺もちょっとずつ作家さんが増えてきていますし。それから、例えば陶芸の作家さんで、自分の窯を持ちたいけど煙が出るから街なかではできないという方から「(窯を設置する場所が)空いてないかな」と相談をいただくこともあります。

「ものづくりの地区」という位置付けでも住む方が増えてきているわけですね。

一軒一軒が離れてはいますけど、少しずつ集まってきていますね。ゆるやかなつながりもあって、楽しみな広がり方をしていると思います。

最後に、今後について思い描いていることがあれば教えてください。

この陣馬山麓は大好きな場所なので、いろいろな人に訪れてほしいという思いは常にあります。ただ、落ち着いた空気が魅力の場所でもあるので、ご近所のみなさんに迷惑にならない範囲で、例えば、週に1回だけアトリエを会場にワークショップを開催したりだとか、そういう形で人が集まる場所作りをしていけたらと思っています。